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イコの昔話その1 航海者デビューから入社まで

 おかげさまで、私も商大くりっぱ乗りになることができました。
 そして、ふと思ったのです。
 私が最初に航海に出たのはいつのことだったのかと。
 そして、自分の航海のルーツを思い出そうと思ったのです。
 これが昔話をしようと思ったきっかけでした。
 
 はじめは兄の陰に隠れて、兄の荷物の管理をしていた私が…。
 気がついたら、商会の「非常勤」副会長になってて…。
 それも、支店とかある大きな商会グループの副会長とか。
 自分でも、なった当初は「何でこーなったんだろ?」と首をかしげておりました。
 非常勤が取れて副会長の自覚(?)が出てきたのはつい何ヶ月か前のことです。
  
 そんなこともあって、私は自分の過去を見たいと思ったのです。
 兄も昔話を書いていましたが…。
 あちらは、兄の眼を通して商会の歴史を綴ったもの。
 私の方は、完全に私の過去のことを書こうと思います。
 ええ、もちろん自己満足です。

 そういうわけなので、「んなもの見たくねーよ」という方は…。
 ぜひとも飛ばしてください。
 私も物書きではないので書く文も拙いですしね^^;
 それでも見たいという奇特な方は…。
 続きをどうぞ。

 ジェノヴァに本拠を置く聖マルコ総合商社団。
 今でこそ倫敦とセビリアに支店を構え…。
 他にも関連商会が4つもある大型商会グループで…。
 私はそこのジェノヴァ店(通称本店)の副会長ということになっていますが…。
 私にだって、当然そうでない時がありました。

 私が就職の紹介状を持って本店の門をたたいた時…。
 その時は、まだ本店だけしかありませんでした。
 そして何より、私は地中海の半分も航海したことがないうえ…。
 交易者としてのイロハもロクに知らない駆け出しでした。
 今みたいに学校が無かった頃のお話です。

 実は、最初はイングランドで航海者登録を行おうとしていたのですが…。
 登録を行おうとしたその直前に、私に母親違いの兄がいるということを知ったので…。
 それで、いても立ってもいられなくなりヴェネツィアに向かったのです。
 そこで、まず私は伝書鳩で私という異母妹がいるということを兄に知らせるとともに…。
 ヴェネツィアで航海者登録を行ったのです。
 
 それが、私の航海者デビューでした。
 この時は当然のことながら、私が副会長となるなんて思いもよりませんでした。
 このころの私は、兄の存在を知って間接的なお手伝いをしていました。
 第3者を通じて、兄の荷物を預かるというお仕事です。
 そして、そのお仕事がない時に近隣の街に言って小銭を稼ぐ生活をしていました。
 
 まぁ、いわゆる倉庫というやつでしょうか^^;
 兄も、遺跡などから発掘したもので自分で使わないような物をくれたりしたので…。
 駆け出しの航海者としては、多少は恵まれていたと思います。
 そうこうしている内に、初めての転職証をもらいましたが…。
 私は、迷わず紡績商になりました。
 
 商会に入るのに際し、迷わずマルコに行ったのは理由があります。
 実は、ロンドンに行った時に現倫敦支店の会長さんに勧誘されていたのです。
 その時は、これからロンドンに支店を作るというところでした。
 なので、その時ロンドンで引き受けていたら…。
 また違った歴史になっていたかもしれませんね。

 でも、私は結局ヴェネツィアから航海者としての第一歩を踏み出しました。
 兄の商会にご厄介になろうかとも思いましたが…。
 結局、その方が一番初めに商会の勧誘をしてくださったこともあって…。
 その縁を信じてみようと思い…。
 当時のマルコの商会長さんに履歴書(tellとも言う)を送ったのでした。

 ちなみに、これが(タブン)もっとも古い私のSS。
 無題iko
 当時はまだ黒髪だったのです(*ノノ)

 そして、無事に採用試験(だだのtellとm…ry)をパスして入社したのです。
 私はお針子をして縫製を上げつつ…。
 行ける街を開拓していったのでした。
 その頃は、まだ私もやさぐれることなく非戦でした。
 あんまり信じてもらえないかもしれませんけどねっ;;

 とりあえず今回はこのくらいで…。
 次回はまたいつかということにしておきます。

テーマ : 大航海時代Online - ジャンル : オンラインゲーム

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